平成27年4月から使用開始、文科省検定・新音楽教科書に【あすという日が】














教育芸術社から27年度更改の文科省検定・新音楽教科書が
送られて来ました。
その中に私の作品も載せて戴いております。
平成27年4月から使用開始です。(ワンクール3年のようです。)

「小学生の音楽6年生」
【あすという日が】《八木澤教司曲》です。
この歌は東日本大震災の折り、仙台の中学生から発せられた
合唱曲で、全国に広まった歌でした。
東北地方の皆さんには、大変深いご縁をつなぐことになり、
被災者の皆さんに寄り添ってきました。
いまも毎年文科省のスクールカウンセラー事業の中で
東北地方を巡回する歌の一つでもあります。
秋川雅史さんと夏川りみさんがNHK紅白歌合戦で
歌って下さいました。

その歌が教科書に取り上げられたのです。

6年生の旅立ちにあたって、『明るい未来と
希望を胸に、力強く生きていくのだという思いを
後押しする役目』を担わせて戴きました。

ほんとに名誉なことで感動いたします。
皆様のお心に寄り添っていつまでもこの歌が
生き続けてくれることを願ってやみません。
ありがとうございました。














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今までいろいろな出版社で文科省検定教科書に
取り上げられました。
これらの歌で育った子供達が世の中に
いっぱいいることが、不思議な気持ちです。
笹舟
もしもコックさんだったなら
ひみつ
ありがとう(道徳)
出発するのです(国語)
年賀状(国語)
その他文科省検定でない指導書、副教材等
は割愛します。



















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音楽之友社「教育音楽」小学版7月号に【あすにとどけ】と【いつも新しい朝に】


















音楽之友社「教育音楽」小学版7月号別冊付録に
私の作品【あすにとどけ】と【いつも新しい朝に】の
2つを載せていただきました。
すてきなことです!!ほんとに嬉しい!!そして名誉な
ことです!!
この歌が子供達の口からキラキラと飛び出てくるのを
楽しみにしています。














●【あすにとどけ】は
今年小学校音楽研究会合唱研究会で
創立50周年記念として委嘱を受けて書いた、
発表会の為のお別れのうたです。
これは今後毎年、会が開かれる度に、テーマソング
として歌われ続けます。
どのようにしてこの歌が生まれたか、記してみますね。

実はこれは私の<志(こころざし)>のひとつでも
ある【愛唱歌】に起因します。

1年生から6年生まで600人以上もの子達が、その日
初めて顔を合わせて歌うという、超難題満載の歌なのです。
いかに易しく歌えて、【愛唱歌】として皆に愛されるかを
ひたすら考えて作りました。

下は幼稚園や保育園から入ってきたばかりの1年生。
上はもうすぐ中学という6年生。
この年齢差のある子達が初対面のよその学校と
ひとつになって、わずかな練習だけでうたうのです。
そして音楽を通じて、気持ちが一つになる感動にまで
持って行かねばなりません。

ややこしい歌では情感が湧きません。
簡潔過ぎるのも感興が湧きません。
1番と2番の歌詞を普通に間違えるのが子供達です。
1番のそこにあるべき言葉と2番の同じ場所にあるべき
言葉をどちらかわからなくなり間違えてしまうのは、
ごくごく普通のことで、この責任は作詩者にあります。
ただ単に字数とアクセントとイントネーションを
揃えただけの職人の作業によって生ずるのです。
そこにあるべき言葉の必然性が無いのです。

やさしい歌であるからこそ、意味をきちんと捉えてこそ
別れの感情が胸いっぱいに溢れて、涙がこみ上げて
くるというものです。
えも言われぬ感動を1年生にも6年生にも味わって
いただきたい・・・。と、私はひたすら思いました。

「お友達になったよその学校の子達と別れたくない!」
「ああ、もっと歌っていたい!」
「わすれないでね!また会おうね!」
と瞳を潤ませてうたうものであって欲しい・・・
そんなテーマソングを提供せねばなりませんでした。

「あかとんぼ」や「ふるさと」がどうしてこんなに
長く歌い継がれているのでしょう。
いつも考えている私なのです。
これは私の永遠のテーマです。
愛唱歌の条件は、
・やさしく説明無しで誰にも理解出来る歌詞。
・何の解説もなくてもすんなり心の中に入ってくる詩。
・いかに平凡な風景を描くことが大切か。
・わかりきっていることがそのまま言葉になったような。
・難しいことばは一切入れない。
・誰でも思っていることを気づかせてもらえる詩。
・考えなくていい、感動する詩。
そういうものであると思います。

現代のうたは饒舌に語りすぎます。
”こじゃれた”フレーズをあちこちに散りばめて、
これでもかこれでもかと満艦飾。
”こじゃれた”表現はひとつの詩の中で1個に
おさめないと詩の印象が、希薄になります。
強烈なことばは一つないし二つあれば良いのです。
結局この人は何を言ってたんだろう・・・・
となってしまいます。

複雑にすると歌の言葉が聞き取れなくなる
場合があります。
歌は耳から入って来るものです。
言葉で聴衆に語りかける物です。
聞いている人が何を歌っているのかさっぱり
解らないというのでは意味を成しません。
どんなに感動しても、曲に感動したのであって
詩の意味は置き去りにされています。
ライブ会場で悲劇的な情景を歌っているのに
聴く人はノリノリで身体をゆすっているという
のと同じです。














話は脱線しますが・・・
私にとってもう一つ「あかとんぼ」や「ふるさと」と
ならんで頭から離れないのは、「モーツアルト」です。
モーツアルトの曲が時代を超えて人を励ますのは、
なぜでしょう。私なりに考えて見ますと、
小さな音型を活用し、音の動きのエネルギーに
軽やかに従い、無駄がないからです。
常に人を励まし喜ばせてくれるし、明るさの中に
ふと寂しい表情を覗かせます。
これも【愛唱歌】の条件です。
【シンプルで美しい真実ほど生き残る】というのを
証明してくれています。
シンプル イズ ベストなのです。

古くから多くの文化人、芸術家がその作品を通じて
量子力学でいう「引き寄せの法則」の強さを証明してきました。
その「引き寄せの法則」でスピリチュアルでも自己啓発でも無く
引き寄せられるものの一つが【愛唱歌】です。
文化芸術作品の引き寄せは、水が高いところから
低いところへ流れるように自然の原理なのです。

詩人の何げなく発した(綴った)ような一言にも
実はたくさんのエネルギーが詰まっています。
言葉を発する人の心のあり方が、
一つのエネルギーとなって、この空間へと
流れ出ていきます。

そういう思いをひとまとめにして、生まれた歌でした。

ちょっと自分でも解らないのですが、そういう思いを
持って日々言葉と格闘している人間が書いた、
「あすにとどけ」です(笑)。

氏家先生とは丁々発止意見を戦わせました。
楽しかったです!清々しかったです!
アクセント一つイントネーション一つの為に
50も100ものフレーズとまみえての
戦闘(?)でした(笑)
曲が生まれるということは、そういうものだと
思います。

さあこれが丁と出るか半と出るか。わかりません。
乾坤一擲・・・歌を愛する人達にあとはおまかせします。
(昔京嶋先生とも丁々発止やり合ったなあ・・・なつかしい!)

そしてそして
この歌は氏家先生により見事な旋律になりました!!!
なんでしょう?この旋律?モーツアルト?

これらの事は「作者の思い」に書けったって書けないので
ブログに載せました。

●教育音楽7月号もう一つの作品は
【いつも新しい朝に】という新作です。
こちらは自由に書かせて戴きました。
いつもやさしい大田先生は私のよき理解者です。
すてきなメロディで多くの子供達の心を掴んで
くれるでしょう。

編集長にはいつもながらお世話になっています。
良い本を出したいという熱い思いが伝わって、
その姿勢がたまらなく好き!!名編集長です。





















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【出発するのです】が音読詩集に(図書教材2014)









 

 












私の【出発するのです】が文溪堂・音読詩集 に

今年も用いられました。(小学校用図書教材2014)。

感性を磨き、言葉の美しさを気づかせる音読詩集です。

「読み」の学習に力を注ぎ、児童の発達段階にあった編集で

学年別の60ページ強の詩集になっています。

先生を応援する教材です。



大変長い期間教材に用いられ、愛され続けてきた詩です。



今年もまた載せていただくことが出来ました。

ひとことでは言い現せないほど、本当に名誉なことです。

 





















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